2005年11月30日

帰国しました。

日本に帰ってきました。
今日は片づけだけしてとっとと寝ます。
おやすみなさい。。。  

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2005年11月29日

さよならアイダホ

昨晩はボスの家でもごそごそと動いていて寝たのは午前4時だった。で、起床は午前5時。さすがに眠たい。朝食を食べながら窓の外を見ると雪がちらついている。雪は空港に向かう間にどんどん強くなってきて、ダウンタウンを抜けたあたりでは前も見えないくらい降っていた。路面は凍結している上に雪が被さっているので危なくてスピードはだせない。のろのろ運転で6時過ぎにPullman/Moscow Airport に到着。雪は1インチほど積もっていた。
係の人に聞いても飛行機が飛ぶかどうかは分からないらしい。とりあえずチェックインしようとしてスーツケースの重さを量ったら72.3ポンドある。重量制限は70ポンド。約900g ほど減らさなければならない。書類のファイル2つをデイバッグに移して計り直すと67.2ポンド。約2.3kg の減量に成功。しかしその分背中が重くなった。
今回は荷物が多いので検査では引っかかるだろうと思っていたら案の定止められた。中身を引っ張り出して見てくれるのは、別にやましい物は何も入ってないからいいんだけど、あとで元通りに詰め直すのが大変だった。
ボスと別れて飛行機へ。20分遅れで来た飛行機は30分遅れで無事に出発。飛行機の中では当然爆睡。8時半にシアトル着。シアトルはいかにも冬らしい、どんよりと曇った雨模様だった。空港ではCyngular とWayport という2社がワイヤレスインターネットを提供していたので安い方($6.95/day)のWayport を購入してメールチェック、ブログの更新など。

(続きは次につなげたときに書きます。)  

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2005年11月28日

相変わらずの超ギリギリス

もうベッドもなくなったので昨晩は床に転がってシュラフにくるまって寝た。9時過ぎにアパートのオフィスに行って手続き。予想外に時間がかかり戻ってきたら11時前だった。1時にカギを返すと約束していたので大あわてで最後の片づけ。すっかり空っぽになった部屋に一礼してからカギをかけて外に出た。オフィスでカギを返し、スーツケースなどは今晩泊まるボスの家に置かせてもらい、研究室へ。周りの人に挨拶したり片づけをしたりしてあっという間に夕方に。ボスと最後のディスカッション・・・がいつものごとく長引き、3時間ほどかかった。
ボスと一緒に夕食を食べにLa Casa Lopez というメキシコ料理店へ。Fajita はまあまあおいしかったが量が半端じゃなく多くておなかがいっぱいになった。このアメリカクォンティティともお別れか。
ラボに戻って当初は予定になかった作業をこなして知人にメールなど書くうちに気が付けばもう午前二時前。明日の起床予定時刻は午前5時。相変わらずの超ギリギリス。しかしこちらに来るときは徹夜で出発の1時間半前までラボにいたことを考えれば、ちょっとはましになったか。

てなかんじで明日帰国します。さよなら、アイダホ。さよなら、モスコウ。  

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2005年11月27日

空っぽの部屋

今日は朝から断続的に荷物を取りに来る人が来て、一つ、また一つと家具が部屋から消えていった。電子レンジも引き取られたので昼ご飯は作り置きのカレーを冷たいまま食べる。景気づけにiTunes に入っているSkye Sweetnam をかけながら、流しやバスルームなどを洗ったり、パッキングしたりしてあっという間に夕方に。少し早めにシャワーを浴びてバスルームを乾かす。やはり少し早めの夕食を食べてほっと一息つく。椅子も既に無いのでそこら辺に座って食べた。こちらに来て二日目、朝食を食べようとして椅子がないことに気が付き、スーツケースに座って食べたときのことを思い出した。BGM はいつの間にかStevie B に変わっていた。しばらくくつろいでから片づけの続き。BGM はSusanna Hoffs に変わっていた。
7時に、アメリカ最後の御ミサにあずかるため教会へ。今日は待降節の第一主日。早くもクリスマスシーズンの到来だ。そういえばThanksgiving Day の翌日Tri-State に行ったら、クリスマス関係のオーナメントなどが所狭しと並べられていてその変わり身の速さにびっくりした。しかしこの滞在中に復活祭もクリスマスも体験することが出来なかった。せっかくアメリカに来たのに、残念だ。
ミサ後研究室によって片づけるのを忘れていたー80Cフリーザーの整理。など。  

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2005年11月26日

11月26日の日記

一日中、アパートや研究室の片づけ。ベッドの上が物置と化しているので今日はfuton で寝た。  

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2005年11月26日

couch? or futon?

couch1.jpg

couch2.jpg

これです。背もたれを倒せばベッドになるので、ソファー兼お客さんのベッドとして使っていました。僕は"couch"(ソファー)だと言われて買ったのに、モノを見た人はみんな「これはfuton だ」と言いました。futon (フートン、と発音します)というのは日本語の布団とは全然違い、マットレスみたいな物を指す。と思っていたのですが、どうやら「マットレスが付いている簡易式の寝床」全般を指すようです。  

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2005年11月25日

11月25日の日記

夕方までアパートで書き物。Tri-State でおみやげを買ってからWSU のW さん宅へ。C さんが焼いてくれたTurkey をいただく。始めてお会いする方も多く子供4人を含めて総勢20人近くは居たか。子供達は日本人もいればハーフもいる。みんなやけに英語の発音が綺麗だ。無邪気に駆け回る子供達を見ながら、英語と日本語に囲まれて育った経験は将来彼らにどのような意味をもたらすのだろうかとふと思った。
9時半頃、三度目の正直でY さんに借りていた物をお返ししてからW 邸を後にしてラボへ。ちらかしっぱなしだった机をようやく片づけた。  

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2005年11月24日

やっぱり英語は難しい。

朝、アパートを見に来た人と話していて、京都の話になった。京都は景観に配慮するため高い建物は建てられないんだよ、という内容のことを"...to protect the scenic view..." とかなんとか表現したら、「それはaesthetics って言うんだよ」と言われた。Aesthetics という単語は知らず、また、恥ずかしながら聞き取ることも出来なかったので、何度か聞き返したのちに紙に書いてもらった。で、辞書で調べてようやく意味が分かった。Aesthetics とは「芸術的外観・美的特徴」と言った意味で、彼曰くcollege level の単語だそうだ。「こういう言葉を知っていると教養があると見られるよ」と言われた。
こちらに来てから、日常会話やメールのやりとり、事務手続きなどすべて英語なのでとにかく英語で会話がとぎれないよう素早く言いたいことをつたえるのに心を砕くあまり、ぱっとでてくるレベルの言葉しか使わないようになっていた。それでもscience の言葉は全く問題がないし、日常生活にもなんら支障はないので、英語を勉強すると言うことがおろそかになってしまっていた。僕の喋っている言葉はネイティブの人から見たらボキャブラリーがすごく貧困でときにはTPO にそぐわない喋り方をしているなあと思われているだろう。結局、勉強しないと英語は身につかないということを痛感した8ヶ月だった。帰国してからも本を読んだりラジオを聞いたり、可能な限り英語に接する機会を多くしようと思う。  

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2005年11月23日

11月23日の日記

昼頃師匠と話をして頭が活性化した。こういう話が出来る人が近くにいてくれるとうれしい。午後はばたばたとすぎてゆき、夕方帰宅してキッチン関係の要らない物をもってYさんのところへ。これは先日返すのを忘れていた物を返しに行くついでのつもりだったのだが・・・WSU の構内に入ったあたりで肝心の物をアパートに忘れたことに気が付いた。今更戻る時間はないし、そのままYさんの研究室に行って荷物を渡し、一緒に食事してからMoscow に戻った。Yさんとは意外なところで共通の知人が居ることが分かったりして、世間は狭いと実感した。  

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2005年11月22日

Moving Sale

アパートの家具を売りさばくため大学のweb に広告を出していた。Thanksgiving にかかっていたのではたして買ってくれる人がいるか心配していたが(今週は授業が休み!!WSU も同じらしい)、それなりに興味を持ってくれる人がいて昨日までに全て売りさばくことが出来た。その間には売り手と買い手の間で熾烈な駆け引きがあった。いくつか思いつくままに書いてみると、
(1)Funky American
パソコン机を買いたいという(おそらく)アメリカ人からメールが来た。$25 で売りに出していた物を$20 で買えないかという。実は僕の希望小売価格は$20 で、値引かれることを想定して$25 にしていたのでその値段だと許容範囲だ。「いいよ。いつ取りに来る?」と返事した。すると相手は、次のメールで「椅子($10)も必要だった。あわせて$25 にならないか」という。ちょっとむかっとしたが売れ残るよりはましなので、自分で運んでくれるならまあいいよと返事した。すると今度は「やっぱり$20 しか払えなっことに気が付いた」と。さっきまで$25 って言ってたのは何やねん?さすがにむかついたので「$20 なら机しか売れない。椅子も欲しかったら$25 出せ」と言ったらそれっきり連絡が無くなった。メールでyou をu、 because をcoz、 lookを luk と書いてるあたりからしてきっと20前後のバカ者だったのだろう。ったく。
(2)A family from Peru
テレビを欲しいので一度見てみたいと言って来たのはスベイン系の名前の人だった。当日、階段を上がってくる足音がやけに多いと思ったら奥さんとお子さん2人を連れてこられた。その人は今学期からUI に入学した学生(大学院生?)で、家族は先週ペルーから来たばっかりなので家具が必要とのこと。フジモリ大統領がどうのこうのという話で盛り上がった(?)。テレビ以外にもいろいろアパート内を見てもらっている間、子供は僕の大事なCouger (WSU のマスコット)のぬいぐるみを引っ張ったり投げたりして遊んでいる。お母さんが止めなさいと言っても聞かない。「いいですよ、かわいいお子さんですね」と言いながらも僕の顔は引きつっていた。「これとこれを買うならいくらか値引きする」「あれとこれをかうからいくらにまけろ」等の駆け引きの末、安い物とそこそこの値段の物(だって新品で買ってほとんど使ってないんだもん)を抱き合わせてお互い納得出来る値段でいくつかお買いあげいただいた。テレビなどもう要らない物はそのまま運んでもらい、電子レンジなどまだ使う物は残してもらった。テレビのあったところにぽっかり空間が空くとなんだか寂しい。
(3)Three guys from Nepal
「何があるかとりあえず見てみたい」と言って来たのは3人のアジア系の人たちだった。お互いの間では僕にはまったくわからない言葉を話しているのでどこから来たのか聞いてみたらネパールだった。ここMoscow にもネパール人は3−40人はいるんだそうな。机やソファーなどを買ってくれたがやはりまけろと言う。「テレビと電子レンジが一番欲しかったのに」とことあるごとに言って、まけさせようとする。関係ないやん。机も最初は「小さすぎるから要らない」と言っていたのに最後の方で「やっぱり買うから、そのかわり$20 を$10 にまけろ。本当はいらなかったんだし」とかいう。無茶な。しばらく押し問答の末「じゃあこの鍋とフライパンをつけるよ」と言ったらちょっとくらっときた感じだった。それでも$15 にならないかと言ってきたところを、すかさず、「じゃあ他の鍋やボールなんかもつけるよ。そのかわり$20 でしか売れない」と言ったら交渉成立。実はこれらの鍋やフライパンはmoving sale で二束三文でまとめ買いした物なので、値段が付くことは最初から期待していなかった(買値で売るのはさすがに気が引けるし)。相手が「どうしようかな〜」と悩んでいるときのおまけにでも使えたらと思っていたのだ。だからここで机のおまけとしてあげても僕は別に痛くはない。向こうもただで手に入ってラッキーと思うなら、お互い幸せだ。それにしても、おまけが付くとついつい買ってしまうのは、万国共通の人間の性のようだ。

結局、ベッドなど大きな物はほとんど値引きすることなく、そのかわり小物類はかなりおまけして、お得感を演出することで、「これくらいで売れたらいいな」という予定通りの価格で全て引き取り手が見つかった。ベッドなんかが売れ残ったらどうしようと思っていただけに、全て片づいてほっとした。  

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2005年11月21日

城島捕手、マリナーズへ・・・そしてイチローの行方は?

Hawks の城島捕手がシアトル・マリナーズと契約したそうだ。マリナーズ公式サイトのアナウンスはこちら。城島捕手がニューヨーク行きをキャンセルしたあたりでこれはマリナーズに決めたかな・・・とうすうすは思っていたが、本当に契約するとは正直驚きだった。なぜなら今年のマリナーズの補強ポイントは、左打ちの3番打者とピッチャーだからだ。今季FAで加入したセクソンは活躍したものの、ベルトレは期待はずれに終わり、3番打者が機能しなかったのが打線における一番の失敗だった。また、ベルトレ・セクソンとも右打ちなので左打ちの強打者が今のマリナーズにはいない。一時期イチローが3番を打つという話も出たぐらいだ。投手陣では、先発で計算出来るのはモイヤーと、後半からはヘルナンデスが加わったくらい。中継ぎは長谷川もいまいちだったしほかは出れば打たれる状態。確かに捕手も2割打てるか打てないかの人しかいなくて補強ポイントではあったが、左の強打者や投手に比べれば優先順位は低いと思われる。それなのになぜ?
城島捕手の契約は3年で出来高を含む総額1900万ドルだそうだ。ほかのFA捕手に比べれば安いがそう安い買い物とも思えない。昨年のベルトレとセクソンで大枚をはたき、じつは契約金もまだ払い終えていないマリナーズにはたしてこの金額をはらう余裕があるのだろうか?
ところで今アメリカではイチロー選手と監督との確執が取りざたされている。実際の所はもちろん僕にはわからないが、ここに書かれているように外野が騒ぎを大きくしているのが真相ではないかと思う。イチローの本心はここに書かれている通りなので、これを理解しているとシーズン最終ゲームでの発言も単に不平不満を述べたのではなくチームのための発言だと分かるはずだ。しかしながらこういうゴシップがおもしろおかしくかきたてられるうちに単なる憶測があたかも真実のようになってしまい、監督とイチローの間が本当にぎくしゃくするようになってしまうことも考えられる。
城島捕手の獲得でマリナーズは新たに日本人コミュニティにアピールする手段を手に入れた。穿った見方をすれば、これはイチロー放出の伏線になるのかもしれない。経営陣からすれば今マリナーズで客を呼べる選手はイチロー、ヘルナンデスとモイヤーくらいなので(実際、試合前の選手紹介でもイチローに対する歓声は飛び抜けて多かった)、彼を放出することはまず無いと思う。しかし監督との確執や急務の選手補強を考えれば全くないとは言い切れない。戦力としても彼が抜ければ一番を打てる人がいなくなるし、イチロー自身もシアトルにとどまることを望んでいるそうなので、そうなってほしくはないのだが、最近チーム作りの方向性がいまいちはっきりしないマリナーズだけに心配だ・・・。

追記
つい先ほどSeattle Post-Intelligencer 紙の日本語訳がアップされました。これを読むとイチローの発言の意図がよく分かると思います(まあシアトル発の記事なんでイチローに肩入れしているという面もありますが。ちなみにイチロー放出か?と書いているのは東海岸の新聞です)。僕は今年の7月15日、あのパルメイロが3000本目の安打を放った試合でのイチローがプレーが忘れられません。8回裏、4−2で負けている状況で、ヒットで出塁したイチローは立て続けに2盗3盗を決めました。結局後続が倒れて得点はできなかったものの、敗色濃厚の中でも常に全力を尽くす姿を見て強く心を打たれました。できれば来シーズンもマリナーズにとどまってもらいたいものです。
(しかしこんな西の果ての出来事が全国で話題になるなんて、イチローは完全に全国区になりましたね。)  

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2005年11月20日

海を泳ぐシカ

写真はこちら
瀬戸内海でも、シカが本来居ないはずの島で目撃されて、海を泳いでわたってきたとしか考えられない、と話題になっていたのを聞いたがあります。しかし実際に泳いでいる現場を見たのはこれが初めてです。あの足でほんとうに泳げるのか。  

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2005年11月19日

一足早いThanksgiving party

朝からラボで実験。昨日帰りがけにミスに気が付いたので改めてやり直し。午後はボスの家でThanksgiving のパーティー。僕がもうすぐ帰国するのでそのfarewell party も兼ねている。
ボスの家は築2年の、ほぼ新築の大きな家。キッチンだけでうちのリビングくらいの広さがある。なぜかbathroom も3つもある。今日の参加者は9人。9=2x4+1。そう、参加者のうちsingle なのは僕だけなのだ。アメリカではこういう場ではカップルで参加するのが普通なので、1人で居ると寂しくなってくる。そんなことはともかく、今日も山のような料理だった。ボスが中国人なのでメインは中華だがほかにturkey の丸焼きなど、いかにもThanksgiving らしい料理が並んでいた。
おいしい料理を食べたり、ラボの人にプレゼントをもらったり、トランプをしたりして遊んで9時頃帰宅。少し仮眠してから深夜にラボに行って実験の続き。  

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2005年11月18日

ライセンスプレート(アイダホ州・その1)

ID-standard.jpg


アメリカでは車のlicence plate (ナンバープレート)は州によってデザインが異なります。同じ州でも通常版の他に特別仕様のが何種類もあります。見ていると飽きません。こちらでlicence plate を紹介したいと思います。
まずは地元のアイダホから。これは追加料金を払わなくてももらえる、一番普通の物です。自ら"FAMOUS POTATOES" と名乗っているあたり、痛いです。他にアピールする物は無いのかと言いたくなります。  

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2005年11月18日

11月18日の日記

実家からメールが来たがわんちゃんのプレゼントにはふれられていない。やっぱりまだ届いていないみたいだ。夜はWSU のY さんにお借りしていた物を返して、Pete's で食事。店内には暖炉があり、古き良きアメリカを彷彿とさせるお店だった。前から気になっていたartichoke を食べてみたがガーリックとチーズが強くて味はよく分からなかった。Y さんには、Y さんがいなければここでの滞在が成り立たなかったと言っても言い過ぎではないくらいお世話になった。せめてものお礼に今日の食事はおごらせて頂き、アパートまで送ってから研究室に戻る。ぼちぼち実験と(まだしてるのか、とつっこまないように)片づけをして帰宅。  

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2005年11月17日

11月17日の日記

明日の18日はうちのわんちゃんの10回目のお誕生日。プレゼントをネットで注文して実家宛に発送。しかし時差があるので明日には着かないだろう・・・ごめん。
午後はひたすら顕微鏡観察。前回みたいに顕微鏡酔いしたりはしなかった。また実験自体も前回よりはうまくいっているみたい。ブランクを埋めるには時間がかかると言うことか。今日得られたデータは何かを示唆しているようだったがそれが何か結論付けるにはもうすこし慎重に解析する必要がありそうだ。これくらいの時期が色々考えられて楽しい。  

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2005年11月16日

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
ってかんじです。ほとんど親ばか状態。
やっぱり、苦労して得られたデータ(とうちの犬たち)は、世界一かわいい。  

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2005年11月15日

Black-tailed Deer

blacktaileddeer.jpg


Olympic National Park で見た、2歳の雄。その名の通りしっぽが黒いです。  

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2005年11月14日

早くも氷点下!!

今日は体調が良くなかったので夕方早めに帰宅してアパートで書き物をしていた。夜、どうしても研究室に行く用ができてそとにでたら駐車場の車がどれもこれも真っ白。霜でがしがしに覆われている。車に乗っても前も後ろもなーんにも見えないので、暫くアイドリングせざるを得なかった。5分ほどしてフロントガラスの霜は何とか溶けたがドアのガラスは凍ったまま。開けようとしても開かない。。。しかたないので手でこすって氷をとってから出発した。いまブログの天気欄で気温を確認したら27F!! セ氏になおしたら-3C だよ。こりゃ車も凍るわ。  

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2005年11月13日

今年の司法試験で

高校の同級生Kが合格したらしい。彼は大学時代には残念ながら合格せず、就職してからもこつこつと勉強を続けていた。その間の苦労話は色々聞いているので彼の合格は自分のことのようにうれしい。Kよ、本当におめでとう!!良い弁護士(裁判官?検事?)になれよ!
(検事ってガラじゃないな。裁判官は似合ってそうだ。)

僕も頑張らんとな〜。  

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